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2026.02.25

〈安川加壽子の時代.4~6〉

安川加壽子画像資料より

 

4.

1923年・セーヌ河畔か

 

5.

1923年・1歳半・パリのラヌラグ公園にて

 

6.

推定11歳前後・母と・場所不明

 

パリの生活が始まると、16区のアパルトマンから毎日ブローニュの森やラヌラグ公園に出かけます。出会った子供たちと遊ぶうちあっという間にフランス語音声を覚え、このネイティブな音感は安川加壽子の音色感・フレーズ感の基盤となりました。

 

安川が移住したフランスでは、後に多く弾くフォーレやモダニズムの先駆者サティ、終生好んだ画家モネも最晩年を生きていました。

 

人類初の世界大戦終結の高揚感が満ち、文化・芸術が急速にモダン化する1920年代「狂騒(狂乱)の時代」のただ中で、ラヴェル、ストラヴィンスキー、6人組、ロシアン・バレエ、ジャン・コクトー、ピカソ、エコール・ド・パリなどが活躍、シュールレアリスムやアール・デコなども誕生する歴史的な創造性にあふれていました。

 

安川は、当時は子供でわからなかったが、あとであらゆる変化の多い面白い時代だったと知った、とラジオで語ります。

 

この独特な時代の空気は、無意識下の『三つ子の魂』として、後の安川加壽子演奏のピチピチとした生命感、鮮烈な躍動性に深くベーシックな影響を与えているといえましょう。